「榛谷の峰」について

天文(てんぶん)24年(1555)に書かれた神明社の縁起書によりますと、 天禄(てんろく)元年(970)伊勢の神様が「榛谷(はんがや)の峰」にお姿を現され、その後「川井」「二俣川」「下保土ヶ谷の宮林・同所八坂」へと移られ、嘉禄(かろく)元年(1225)「神戸(ごうど)」の地に鎮まりました、とあります。

最近、「榛谷の峰」とはどこでしょうか、「川井」や「二俣川」のどの辺りに移られたのでしょうか、などとよく質問を受けます。今から一千年以上昔のことですから、「はい、その場所は○○です」とは答えられず、曖昧な返事しかできないのですが、今回は想像を逞しくして、謎解きに挑戦してみました。

Q1、神様がお姿を現された「榛谷の峰」とはどこでしょうか?
別掲の「新編武蔵風土記稿」 74頁に、二俣川村大字「榛ヶ谷」の説明があります。その記述を総合的に判断しますと、榛ヶ谷とは、現在の万騎ヶ原・さちが丘付近と考えられます。さちが丘には帷子川の支流である二俣川が流れ、緩やかな谷を形成しています。地形図から榛ヶ谷地域にある峰を探しますと、さちが丘小学校付近と万騎ヶ原交番付近が候補地となります。

さてどちらでしょうか。さちが丘には「半ヶ谷」バス停があります。横浜市内のバス停の名には、よく古い字名(あざな)や小名(こな)が用いられますので、有力な傍証となります。そこで実際に、さちが丘小学校付近の丘の上に立ってみますと、四方見晴らしがよく、南斜面は日当たりがよく、川に近く水利の便もあり、神様を崇める場所としては最高の立地であることが判ります。なぜならば、峰に御座(おわ)します神様を崇めるとき、人は南から北を向くのが通例です。当然、神様を崇める人がそこに住んでいなくてはなりません。ですから、水利のあることは必須です。

そればかりではありません。「榛ヶ谷」の西南隣りは「膳部(ぜんぶ)谷」で、現在「善部町」としてその名が残っています。「膳部」とは、神様にお供えする神饌(しんせん)の調理役のことです。ますます「さちが丘小学校付近説」が有力になります。
Q2、その後、神様は「川井」のどの辺りに移られたのでしょうか?
昔から郷土史家の間では、上川井町にある「神明社」背後の丘が候補地とされてきました。私も同意見です。この場所も揺るかな南斜面、帷子川の水利など、さちが丘付近と同様の立地です。
Q3、次に移られたのは「二俣川」のどの辺りでしょうか?
昔の二俣川村はたいへん大きな村でした。榛ヶ谷・膳部谷・本宿・二又川の四区からなり、それぞれが一つの村に相当するほどの規模であったと言われています。その「二又川」は、現在の二俣川・本村町・中尾・中沢・四季見台辺りと考えられます。

そこで、Q1及びQ2と同様に、「川に近く緩やかな南斜面のある丘」を探しますと、本村(ほんむら)の神明社背後の丘陵地、つまり現在の四季見台付近が有力な候補地となります。

抑も、本村の神明社は、当神明社の伝承に基づいて、寛永8年(1631)に創建されたと伝えられます。
Q4、次の「下保土ヶ谷の宮林・同所八坂」とはどの辺りでしょうか?
現在の神戸町は天王町駅の西南にあって、当神明社やYBPのある所ですが、古くは、東は旧帷子橋付近から西は今井町や仏向町との境まで、東西に細長い町でした。 つまり、神戸町・月見台・桜ヶ丘の南斜面・初音ヶ丘・藤塚町がその範囲でした。

話しは込み入りますが、その旧神戸町は元々は保土ヶ谷町の一部であったとの説があります。江戸時代の神社は、村や町に少なくとも一社はありました。しかしながら、旧保土ヶ谷町(現在の保土ヶ谷町・霞台・岩崎町・狩場町・権太坂・法泉・境木町・境木本町がその範囲です)には、神社がありませんでした。当神明社は、江戸時代の始めから旧神戸町と旧保土ヶ谷町二町の鎮守だったのです。このことから、旧神戸町は旧保土ヶ谷町の一部であったとの説が有力視される訳です。更にその二町の境界が著しく不自然です。無理に線引きをしたかのように思われます。このことは是非地図で確認してみてください。

前置きが長くなりましたが、旧神戸町が旧保土ヶ谷町の一部であったとしますと、旧神戸町=下保土ヶ谷との説が浮上します。そこで、旧神戸町の範囲で、前記と同様に「川に近く緩やかな南斜面のある丘」を探しますと、現在の藤塚IC辺りが候補地となります。理由はもう一つあります。1800年頃に描かれた「東海道分間延絵図」には、その場所を「神戸山」と記しています。

「同所(下保土ヶ谷の)八坂」は「下保土ヶ谷の宮林」の近くと思われますが、なかなか候補地が見つかりません。「東海道分間延絵図」には「神戸山」の東南に「字釜坂」(現在の初音ヶ丘・シャリオ保土ヶ谷付近)と記され、少し気になります。
Q5、それでは、神明社が現在の地に移って来たのはいつ頃でしょうか?

この件につきましては、稿を改めたいと思います。 続く・・・